NHKテレビ「こころの遺伝子」・《冒険家・白石康次郎》

2010年5月17日(月) 晴                                                                    午後10時からNHKテレビ「こころの遺伝子・第8回 自然に遊ばせてもらう 白石康次郎 運命の人:多田雄幸さん」を観た。ヨットでの世界一周をめざす冒険家師弟の物語であった。番組のホームページ(http://www.nhk.or.jp/idensi/supecial/index.html)には〈わずか6歳で母を亡くした白石さんは、父としばしば出かけた海にあこがれを抱くようになる。そして「いつか海の向こうに行ってみたい」と水産高校に進学。授業を通して海の厳しさ、過酷さを体感していた。そんな白石さんはある日、テレビの映像に目を奪われる。多田雄幸さんが単独で世界一周のヨットレースに参加し、優勝したことを伝えるニュースだった。航海の厳しさを知る白石さんは、お酒を飲み、サックスを吹きながら愉快に世界を周った多田さんのレーススタイルに衝撃を受ける。多田さんの弟子になりたいと考えた白石さんは、電話番号帳で多田さんの電話番号を調べ電話をかけた。すると多田さんは、見知らぬ白石さんの訪問をすんなりと承諾。白石さんはあこがれの多田さんと会い、弟子にしてほしいと頼む。弟子入りがかなった白石さんは初めて多田さんのヨットに乗り、舵を持たせてもらう。多田さんはどんな悪天候でもセーリングを楽しみ、「自然に遊ばせてもらう」と口癖のように繰り返していた。当時はその意味を理解できなかった白石さんだったが、この言葉は後に“こころの遺伝子”となっていく〉と紹介されている。たった独り「海の中」、自然と闘うのではなく「遊ばせてもらう」といった心境で世界一周を果たすなどということは、並みの「精神力」でできることではないだろう。その「こころの遺伝子」は、弟子の白石さんに「着実に」引き継がれ、白石さんもまた、〈3度目の挑戦で当時の最年少記録、26歳10か月でついに世界一周を達成〉〈その後、世界一周レースに2度出場し、大型クラスで日本人で初めての2位の快挙を収めた〉そうである。まことに、素晴らしい「師弟物語」だと、私は思う。だがしかし・・・、である。その物語に以下のような「事実」があるとすれば、喜んでばかりはいられない。〈最初の優勝から7年後の1990年、多田さんはスポンサーから多額の資金を得て、再び世界一周に挑戦。しかし、前回の好成績から周囲の期待が高まり、そのプレッシャーに苦しんでいた。スピードを出すための改造が裏目に出て、ヨットは何度も横転。多田さんを寄港地シドニーで待ち受けていた白石さんは、いつもと違う疲れた師匠の様子に気づく。多田さんはシドニーでレースを棄権。そして自らの命を絶ってしまう・・・。〉世俗の「名誉」「名声」とは無縁であったはずの多田さんを苦しませたものは何か。自然と闘うのではなく「遊ばせてもらう」といった、いわば「悟りの境地」(強靭な精神力)は、「スピード」「好成績」「優勝」などといった修羅場の「ものさし」によって、もろくも崩れ去ってしまったのだろうか。白石さんは、〈今は2012年のレースを目指し、その準備を進めている〉とのこと、師匠が被った「同様の」プレッシャー、苦しみが襲来することは必定であろう。どうか、「名誉」「名声」を目指す世俗の期待とは無縁のところで、「自然に遊ばせてもらう」、「気まま」で「自由」なレースを展開していただきたい。「最下位」「棄権」「失格」等など、不名誉な結果に終わることこそ、師匠が果たせなかった「こころの遺伝子」を、立派に受け継いだ「証」になるのだから。
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映画「カサブランカ」・《見事に浮き彫りされた「女の本性」》


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2010年5月12日(水) 雨
 映画「カサブランカ」(監督マイケル・カーチス、原作マーレイ・バーネット、出演ハンフリー・ボガード、イングリッド・バーグマン、ポール・ヘンリード、クロード・レインズ)《「世界名作映画BEST50」DVD・KEEP》を観た。「作品解説書」には以下の通り述べられている。〈この映画を見ずしてアメリカ映画を語れない。と言われるほどの名作である。ドラマチックでスリリングで、反ナチの思いが強烈に語られる永遠のロマンである。ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンという世紀の顔合わせである。第二次大戦中ナチの統治下におかれたモロッコのカサブランカ。亡命者たちがひしめくこの町で偶然再会するボガードとバーグマン。二人はかつてパリで愛し合った仲。戦火のパリで別れたままボガードは今ではカサブランカで賭博場を経営している身。バーグマンは抵抗運動にすべてをかけた男の妻。あの有名なラストの別れ。「君の瞳に乾杯」「我々にはパリの思い出がある〉」という数々の心うつ言葉。この映画、実は元大統領ロナルド・レーガンの役者時代、彼の為に企画されたものだった。しかし彼は他の作品でスケジュールが合わず、ギャング・スターのジョージ・ラフトに廻った。ラフトは人の企画はいやだと断りボガードに廻った。彼女の方もアン・シェリダン、へディ・ラマーと廻り、脚本を読んで感動して出演を熱望したバーグマンのものとなった。ラストも三種類撮られ検討の結果ご覧のものになったのである。(1942年・アメリカ)この映画の眼目は、「反ナチの思いが強烈に語られる永遠のロマン」であることは間違いないのだが、ハンフリー・ボガードとイングリッド・バーグマンという「世紀の顔合わせ」が、ロマンとしてはおよそ似つかわしくない「異色の顔合わせ」に終始している点にある、と私は思う。バーグマンは、その容貌・立ち居振る舞いからして、「抵抗運動にすべてをかけた男の妻」がふさわしい。片や、理想に燃え、思想・信条に命を献げようとする正義感、一方、ボガードは闇世界を生きる賭場の貸し元ではないか。その二人を、あの「理知的で」「高貴な」風情のバーグマンが「同時に」愛せるなんて、正気の沙汰とは思えない。といったあたりが、この映画の見どころであろう。さすがに「脚本を読んで感動して出演を熱望した」だけあって、バーグマンの「絵姿」は際だっている。夫の前では「理想」「純愛」を貫こうとする健気な「女」、恋人(バーグマン)の前では「不倫」覚悟で「性愛」(愛欲)に迷う「不条理」さを見事に描出していたのだから・・・。彼女の言葉「もう我慢できない」、そうなのだ。「愛欲」は、思想・信条・理想などといった「価値観」とは無縁のところで成立する、という「真実」を彼女は鮮やかに描出していた。ボガードの前のバーグマンは、すべての緊張から解き放たれた「裸」の表情を露わにする。「もううどうすればよいか分からない」「あなたが考えて・・・」等など、その「ちぢに乱れる」姿に「女の本性」を見る思いがして、私は「鳥肌が立つ」ことを抑えられなかった。それに比べれば、ボガードはじめ、彼女の夫、警察署長らの男性陣は「単純」そのもの、「闘魂」「勇気」「侠気」「腹芸」等々、それぞれがそれぞれの「味わい」を演出してはいたが、所詮「条理の世界」を超える言動は見受けられなかったように思う。可愛い、可愛い。「強面」のボガードが、「君の瞳に乾杯」「我々にはパリの思い出がある」などと、思いっきり「二枚目」ぶっても、「不条理な」「女の本性」は癒されまい。かくてバーグマンは再び「我慢を覚悟」(愛欲の断念)、夫の思想・信条・理想に殉ずることを決意してアメリカに向け旅立ったのである。そこはには「不倫」とも「性愛」とも「不条理」とも無縁な、「政治という健全な世界」(表舞台)が待っているであろう。「めでたし、めでたし」というべきか否か・・・。この映画の製作は1942年、まだ世界は大戦中であったことを思えば、「これからが正念場」ということになる。「解説」によれば三種類のラストがあったそうな。あとの二種類はいかようであったか、興味をそそられる話である。いずれにせよ、この作物は「第16回アカデミー賞作品賞、監督賞、脚色賞」を受賞している由、文字通り「世界名作映画」にふさわしい幕切れであった。



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「筑紫桃太郎一座」・《頭取・桃太郎の風情はそのまんま「無法松」》


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2010年5月10日(月) 曇り時々小雨
 JR浜松駅下車、徒歩15分の「浜松バーデンバーデン健康センター」に赴く。大衆演劇「筑紫桃太郎一座 花の三兄弟」を観るためである。この3月に座長を襲名した筑紫桃之助は「挨拶回り」のため不在、おかげで劇団頭取・筑紫桃太郎の「芝居」「舞踊」「口上」を存分に見聞することができた。芝居の外題は「帰ってきた前科者」。いきなり序幕から生後9か月の「抱き子」が生身で登場しようとは・・・。その赤ちゃん、「実のバーバ」に抱かれて泣きもせず、時には「笑顔」、時には「アー、ウー」等の「台詞」まで発するほどの「実力者」なのだった。まさに「お見事!」という他はない。筋書きは大衆演劇の定番、島送り、前科者の汚名を着せられた義兄(頭取・筑紫桃太郎)のために、棟梁からまで白い目で見られ、仕事を干されてしまった腕利きの大工(弟座長・博多家桃太郎)とその女房(芸名不詳の女優、おそらく弟座長の母、頭取の妻、抱き子の祖母?)の物語。腕利きの大工、義兄のことを女房にも言えず、酒と博打にあけくれる生活になってしまう。そんなとき、刑期十年を務めて兄が妹の所へ帰って来た。兄(頭取・筑紫桃太郎)、客席より登場、酔客の私語がよほど腹に据えかねたのか、芝居を中断、「お父さん、黙って観てくれないのなら、帰ってよ。入場料はお返しします」。なおも、しつこく「絡んでくる」客に対して、言わずもがなの啖呵をきる。「静かに観たいと思ってるお客さんのために、わしら《命をかけて》芝居をやってるんや。それを邪魔するんやったら今すぐ、ここから出てってんか!」客席と舞台上からの「直接対決」、実を言えば、これほど面白い芝居はないのである。「そうか、頭取!そこまでやるか・・・」と、心の中で拍手を贈るうちに、客は「無条件降伏」。黙って舞台を見守らざるを得なかった。だがしかし、頭取の言動を指示する客の「拍手」がない限り、この勝負は曖昧に終わる。なぜって、頭取は、自ら「舞台の景色」を「独断」で毀してしまったのだから・・・。肝腎の「拍手」は、(観客一同、その場のなりゆきを見て呆気にとられたか?)皆無であった。心なしか、頭取の「力が抜けた」。(ように私は感じた)当たり前のことである。静かに観劇したいお客様のために「啖呵を切ったのに、今ひとつ客との呼吸が合わなかった」という後悔・口惜しさがあったかどうか、それはわからない。毀れてしまった景色の修復は至難の業、本来の「人情芝居」(盛り上がり)は不発のまま終幕した。(と、私は思う)とは言え、この頭取、タダモノではない。「口も荒けりゃ気も荒い」、あの「無法松」を絵に描いたような九州の「伊達男」といおうか、その「男臭さ」が、舞踊ショーでは瞬時に「妖艶な女」に変化する。その舞姿は「天下一品」であった。また、その「口上」が面白い。①斯界で九州の劇団は20余り、それぞれABCのランクが付いている。トップは「劇団花車」、②大衆演劇がメジャーになるのは容易ではない。せいぜい梅澤富美男、松井誠くらいか、早乙女太一はまだ未知数。③九州の客筋は、「拍手」で役者を乗せる。東海、関東の客は「拍手」が足りない、④「女形」を演じるとき、役者は自分が理想とする女性をモデルにしている、⑤一幕物の芝居は「盛り上げるのが大変」、いっぺん景色が毀れると(客との呼吸がずれると)それでお終い、⑥大衆演劇の役者は、客の一挙一動を見ながら(その反応を踏まえて)芝居をしている、だから「舞台の景色」は客次第、同じ演目でも「千変万化する」等々について「語り」ながら、高齢者への「心配り」を忘れない。温かい言葉を投げかけ、劇団グッズをプレゼント。「どうか、長生きしてね。ナンマンダブ、ナンマンダブ」と合掌する姿が、いかにも下世話な風情(冗談風)で「絵になっていた」。それでよいのだ、と私は思う。「心配り」は高齢者に対してだけではない。劇場の入り口、また館内にも、「10日、座長・筑紫桃之介不在」「○○日、弟座長・博多家桃太郎不在」などという貼り紙が施されている。通常なら、「○○日、○○座長ゲスト出演!」のように宣伝する手筈だが、劇団幹部の「不在」を表明する劇団は数少ない。誠実・正直な頭取の人柄が浮き彫りされている光景であった。さだめし、あの富島松五郎が生きていたなら、このような立ち居振る舞いをしたであろう。大きな「元気」を頂いて帰路につくことができた。ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・。
無法松の一生 (人間愛叢書)無法松の一生 (人間愛叢書)
(2009/08/19)
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